林檎翻訳雑記帳
- 文字種(ひらがな、カタカナ、漢字、英数字)が多いので使い分けが難しい
- 送りがなの選択(「行う」と「行なう」、「売上」と「売り上げ」など)
- 漢字とかなの選択(「送り出す」と「送りだす」、「終焉」と「終えん」など)
- 全角と半角の選択(英数字やかっこなど)
- スペースの有無の選択(全角文字と半角文字の間に半角スペースを空けるかどうか)
- カタカナの複合語の区切りの選択(全角中黒を挿入、半角スペースを挿入、区切りを入れずに詰めるなど)
- カタカナ語末尾の長音を削除するかどうか(「コンピューター」と「コンピュータ」など)
- 縦組みと横組みの選択(それぞれ表記規則が違う)
などがあります。
念のために補足しておくと、「終焉」を「終えん」と表記するのは常用漢字制限によるもの。また、カタカナの複合語の区切りを例示しておくと、
- コンサート・マスター(全角中黒)
- コンサート マスター(半角スペース)
- コンサートマスター(区切りなし)
となります。
このうち、英語やフランス語で問題になるものは、ひとつもありません。強いて言うと、「peace keeping」のように2語でつづる、「peace-keeping」とハイフンで連結する、「peacekeeping」と1語でつづるという選択肢がある語や、「yogurt」「yoghurt」「yoghourt」のように2種類以上のつづりが認められている単語はありますが、これはささいな問題です。英語やフランス語を正しくディクテーションした結果は、誰が書き取ったものもほとんど同じになるはずですが、日本語ではそうなりません。正しい表記のバリエーションが多すぎるからです。
内閣が告示している送り仮名の付け方を見ても、「例外」や「許容」だらけで、複雑怪奇なものになっています。そもそも正書法を定めるということは「それ以外の表記はすべて間違いとみなす」ということだと思うのですが、「本当はこう書いてほしいけど、これでもいいですよ」という抜け穴ばかりで、腰が引けています。
翻訳時の表記規則を定めたスタイルガイドのボリュームが日本語の場合、異常に大きい最大の理由は、おそらく正書法の問題でしょう。正書法が日本語ユーザー全員が合意する形で統一されていないので、案件やクライアントごとに「仮の正書法」を一から定める必要があるわけです。
日本人の生産性の低さがニュースでときどき取り上げられますが、MLV(多言語対応の翻訳会社)の日本オフィスでも、「なんで日本だけ仕事が遅いんだ」と、本社から追及されることがあります。実際、マニュアルなどの英日翻訳では、表記の統一に膨大な手間ひまをかけています。検索システムでも、Googleなどの高度なものは日本語表記の揺れを吸収してくれるので楽ですが、不親切な検索システムだと同じ検索語をいろいろな表記で(送りがなを付けたり取ったり、カタカナ語の区切りを変更したりして)何度も検索しなければならない場合があります。私は日英翻訳も引き受けていますが、日英の案件で表記スタイルが問題になったことは一度もありません。
毎回「仮の正書法」を検討したり意識したりする負担は馬鹿になりません。翻訳関係者にとって、日本語の正書法は本当に困った問題です。
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