2012年2月10日金曜日

Stundenbirne

(前からの続き)

本のタイトルになっている「天使の舞いおりるところ」については、本文中で特に言及せずに「あとがき」の中で、

なお、本書のタイトルにふさわしいと考えて選んだ表紙カヴァーの天使は、イタリア国境に近いスイス領ブルガイスのマリーエンベルク修道院を飾る合計二二人の天使の一人である。

374ページ

というように述べている。

場所については間違っていて「スイス国境に近いイタリア領ブルガイス」が正しい。下の地図では右上に Burgeis があり、その左 Convento Monte Maria と記された所にマリーエンベルク修道院(標高1330m)が位置する。

ブルガイス〜国境線、Google map

外観からはロマネスク時代の建築はなさそうにみえる。

修道院、チロルの夏の空は本当にこんな感じ

もともとはオーストリア帝国領だったのが、第一次大戦の敗北でイタリアに割譲することになった事情から、この地域はイタリア語どドイツ語が公用語になっている。地名のブルガイスはドイツ語、イタリア語ではブルグシオ。修道院の名前もドイツ語では Abtei Marienberg、イタリア語では Abazzia di Monte Maria となる。

先ほどのGoogle map航空写真で下側にある Taufers/ Tubre がイタリア側の国境に最も近い町で、そこから10分ほど歩くとスイスのミュスタイルに着く。スイスはEUに加盟していないので、国境には検問所がある。

麓のブルガイス(標高1200m)まで本数の少ないバスがあり、バス停から歩いて登る。ブルグシオ〜修道院間は地図で見る限りたいした距離はないけれども160m登ることになる。

Burgeis〜Abbazia di Monte Maria, Google map

このときは、地図通りに曲がりくねった道を行くと時間がかかると思ったので無視し、まっすぐ山腹を突っ切るように登った。途中、花畑の傍を通り、小さな聖堂を見つけたりした。

麓のブルガイスから

ザンクト・シュテファン教会、カロリング時代の小さな聖堂

近道をとったおかげで本来の入口を気付かぬまま過ぎてしまい、修道院背面の山腹から山林を抜け降りて修道院の裏から入ることとなってしまった。普通の観光客はこんなルートは絶対に通らない。

修道院からオーバーフィンシュガウ渓谷を一望できる。1年のうち300日は晴天という土地で、この日も申し訳程度の小さな雲しか空にない晴天だった。

修道院からブルガイスの村を見おろす

目指すクリプトはガイドツアーに参加することでしか入ることができない(現在はもっと制限されているらしい)。ちょうど、午前最後のツアーに間に合った。案内役の修道士が先導して何人かの観光客と一緒にクリプトへ入った。

クリプト内部(Wandmalerei im Vinschgauから)、実際はもっと暗い

クリプトは天井が低い

第一印象で壁画はとても色が薄い感じがした。明らかにビザンティン的な壁画だから、背景の青はもっと濃くて暗い青で描いたほうが良いのではとも思った。

修道士はライト(裸電球)で光を当てながら部分ごとに解説していく。残念ながらイタリア語だったので、断片的な単語しかわからなかったが、壁画を実際に見れば、だいたいのテーマはわかった。

地下聖堂に舞いおりた天使(手持ち撮影なのでぶれている)

「栄光の王」の他は天使ばかり、これだけ多くの天使がいる地下聖堂はとても珍しい。アルプス山中の渓谷を見下ろすこの場所は、本当に天使が舞いおりるのにふさわしい。

天上=天井の天使たち

ガイドツアーの最後に驚くようなことが起こった。

修道士はそれまで使っていたライトを消すと、一瞬闇に包まれ、やがてクリプトの一つしかない小さな窓の光を受けながら、薄いと思っていた青が濃紺になって壁から溶け出すように、空間を染めはじめた。「青」に包まれるという感覚。共に青の中にあるので壁面と空間の境界が消え、その中から天使たちが浮かび上がる。

窓の反対側にある壁画、青い闇の中で浮かび上がる

これだけは絶対に写真では再現できない、実際に体験しないとわからないことである(後にこの話を知人にしたところ、ロスコルームで似たような体験をしたことがあると言っていた)。

あえて壁画の青を薄くした理由はここにあった。もし、濃紺にしたら、完全に埋没して浮かび上がることはなくなってしまう。

『天使の舞いおりるところ』では、マリーエンベルク修道院クリプトの壁画・天井画について、では少しだけ触れている(II 西ヨーロッパの中世壁画、1ロマネスク壁画の諸相)。

『天使の舞いおりるところ』の上の図版はモノクロ、ここでは Stampfer, Romanische Wandmalerei im Vinschgau, 2002 のカラー図版からとった。

白色の筋を重ねて額、長い鼻梁、頬骨などの凸出部を強調するためのハイライトが描きこまれ、さらに頬と顎の中心などには赤い斑点を置く(図7)。

112ページ

図7 キリスト頭部 マリーエンベルク修道院クリプト ブルガイス

同系の濃色を二重、三重にしだいに細かく繰り返して襞を塗り、あるいはこれにもハイライトを混えて複雑な効果を狙う。衣文の線、ことに風に翻る衣の裾(図10)は、十二世紀末にいたると、激しく誇張されたバロック的曲線を描き、鋭いジグザグの線をきざむ。

112ページ

図10 天使の下半身 マリーエンベルク ブルガイス

図10の全体

ボーダー状の雲はパステル風な明るさ

雪のような星に囲まれて

外側からみたクリプト部分

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